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  • 執筆者の写真Takoh

営業演奏を通して

更新日:2023年1月31日

26歳くらいの頃、音楽学校の仲間から、レストランでの演奏の仕事を頂いた。


 ギターデュオでのBGM、生演奏だ。

ジャズスタンダードや、ポップスの有名曲などを45分ほどのステージを2回。


演奏が終わると店長から「定期的にやって欲しい。」というお言葉をいただいた。



 定期的な演奏の仕事はこの時が初めて、いわゆる営業演奏だが、僕はなんだか自分がミュージシャンとして一つのステップを上がったような気がして嬉しかったのを覚えている。 



 しばらくギターデュオをやっていたが、相方が忙しくなって来たこともあり、代役(トラ)を立てる機会が多くなった。その時にお願いしたのが、ベーシストの入船くん。

大学卒業したての若干22、3歳くらいだったのを覚えている。



 その後、お世話になっているそのお店が銀座にも店舗を出すということで緊張感と賑わいが出てきた。銀座の中央通りにレストランを出すということで、シェフも店長も興奮していたのを思い出す。僕と入船くんのデュオは、銀座のお店でも週1で演奏するオファーを頂いた。



 この後、2年くらいに渡り入船くんとの営業演奏を週2回行なった。この頃はとにかく人前で演奏するという経験値が必要だと考えていたので、この営業演奏は非常に大きなステップになったと思う。

 僕は、そのお店が演奏のサービスを辞める時まで、1度だけ休みを頂いたが、ほぼ皆勤で勤め上げた。


 当然この演奏以外にも、ライブや結婚式の演奏、クリスマスパーティ、ホテルのラウンジ、様々な演奏を選ぶことなくやっていった。

 週2回の固定演奏以外にも月何本かやっていたので、年間で150本以上人前での演奏をやっていたように思う。

 目の前のお客さんが、演奏を聴いてくれて声をかけてくれたり、時にはリクエストしてくれたり、喜んでくれるのを感じられるのがとても嬉しかった。



おそらく僕の人生で一番演奏の仕事を多くやっていた時期だ。



 入船くんとのデュオでは、とにかくジャズスタンダードを沢山演奏していった。

おかげでこの頃はジャズスタンダードを結構メモリーしていたように思う。

 人前で演奏する事、音を出してライブをやる事が自然なことになっていって、演奏技術もさることながら、精神的な部分において余裕が出てきた実感があった。

 相手の音を聴く、などの当たり前の事も、劇的な変化はないものの少しずつ高いレベルで聴けるようになっていったと思う。



それからリズムのアプローチ、デュオなのでハーモニーのアプローチ、様々なことをトライ&エラーのような気持ちで演奏していった。



 僕らの演奏を気に入ってくれて、ちょくちょく常連でいらっしゃってくれる方いて、演奏後に1杯奢ってくれるのも嬉しかった。

 時に、僕らの演奏に集中力がなくなり、惰性感が出てしまうような事があった時

「今日この場で目の前のお客さんに演奏できるのは最後なんだよ。そういう気持ちを忘れないで演奏をしないとダメだよ。」というお言葉をいただいたのは、いまでも僕の中で大きく生きている。

 


 演奏には、風船のように張り詰めていった緊張感が、破裂するかのような爆発力、集約したエネルギーの放出が大切なのだと身を以て体験したのも、沢山の演奏経験を積んで実感したことの一つだ。



 この考え方は、演奏だけでなく、あらゆる芸術や、またはスポーツなどに共通する概念なのだと感じた。

 表現するということは、何がしかのインプットを続けること、それらを集約、整理、そして自分自身に昇華し、一気に放出する行為に他ならないものだと考えるようになった。

 岡本太郎の「芸術は爆発だ」の言葉に意味が少し理解できたと感じた。そして、自分の表現を「爆発」させる為にどうしたらいいかを考え始めることとなった。




 自分の演奏や、表現が「数をこなせばいい」というものではないと感じ始めた頃だと思う。数多く現場の仕事をする事は大切だが、緊張感を持続させる事は僕にとっては難しいと感じた。入船くんのトラで入ってもらった先輩ギタリストに

「こういう仕事ばっかりだとダメになってしまうよね。」という言葉もあった。



 この頃から「演奏回数至上主義」で活動していた僕の考え方が、表現をお客さんに届ける事の「意味」を少しずつ掘り下げて考え始め、変わっていったのだろう。



 演奏での緊張感、自分のアートをやって行くという張り詰めたものをもっと模索して行く姿勢になっていった。

 JAZZの大名盤である「Kind of blue」での緊張感や、The Beatlesがライブをやめてレコーディング主体になっていったのも、やはり上記の芸術観に沿うような流れの一つのようなものだと感じた。少なくともJAZZの名盤と呼ばれる作品にはある種の「緊張感」という生き生きとしたミュージシャンの等身大の息吹が感じられた。




 結果的に営業演奏を通して、僕は自分の芸術観と自分の音楽表現に真摯に向き合う事になった。そして僕は、自身の作品を作る事に大きく活動をシフトさせて行く事になる。



 

 最近は営業演奏というものはあまりやらなくなってしまった。

もちろんいいものは沢山ある。自分の活動では培えないようなフットワークの軽さや、応用力、対応力など、現場でしか培えないような音楽力は沢山ある。




 しかし、僕のようなミュージシャンは、すべてが万能にこなせるわけも無く、常に取捨選択をしながら自分の優先順位を決めて行く必要があるだろう。



 いろいろ経験して行く上で、自分の自己表現が見えてくるという事も多い。

そういう意味では、営業演奏の経験は、僕にとって20代の音楽生活においては重要なファクターで、ハイライトとなった事は間違いない。

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